さて、シリーズを通して見終えた、このアニメについて。
3年前くらいに書いたテキストが出てきたので、もったいないので整理してました。

marinakawa

日記に使おうと思って推敲中だったけどもうこれ以上は
書く気がなくなったんで現段階でまとめて上げちゃおう。

そんでもって、この記事アップしてから気づいたんだけど、
過去にドレミの感想文アップしてますね。
自分の中ではブログに投稿したという記憶が消えていた。
前半の内容は、基本的にはかぶってます。

何が言いたいのかというと、まりなちゃんかわいい!!!

●普通のアニメでは絶対に出来ない事をした唯一の作品

最終回で、卒業を控えたドレミだが、
つらくて、魔法堂に引きこもりますよね。
ここで、6年生ほぼ全員で、魔法堂まで呼びかけに来るんだけど、
ここで泣けるのは、4年間と言う時間で、
クラスメイト全員分のエピソードを描いたから。

主人公たちの話ばかりでなく、
クラスメイトそれぞれの話が、しっかりと語られています。

普通のアニメでは、クラスメイトなんてモブかもしれん
でも、どれみではそれぞれのクラスメイトのエピソードがあり、
その子の親が居て、家庭事情があって。

OPの最後に、クラスメイトが順番に全員登場していきますが、
ここに登場するキャラクタである子ども達、全員それぞれの個別の話があります。
すんごい綿密に描いてるんだ。見れば見るほど深い。

すごくないですか?
全員分ですよ。

普通のアニメではありえない話です。
朝の子ども向けだから、ではなく、そんなことお構いなしに、本当に、
どれみの世界というものを、丁寧に丁寧に、描いています。

時間をかけて、人間模様を描き、
どんどん話を積み重ねていき、話が深く深くなっていきます。

だから、見れば見るほど、
時間が経てば経つほど、深い愛着がわいてくるんですよ。
登場するキャラクタにも、ですが、作品そのものが、
どんどん大好きになっていくんです

 

●個別の話と全体のストーリーについて

最終回付近のどれみのイケメンさはヤバイっすねほんと。
アホだったどれみの成長っぷりに、この作品を見続けていた人ほど、
油断してたら泣かされる。震える。

毎回がストーリーが高水準ってわけじゃないけど、
平均以上が多く、とっても安定している
見ていてとても安定感がある。

細田守の回はほんと桁違いです。恐怖すら感じます。

どれみの話は、魔法少女モノ…というイメージがあるかもしれないですが、
魔法で何か悪い敵と戦うという最近はやりのテンプレートではなく、
本当に、ただただ、小学生であるどれみたちの日常を描いたもの
本当に悪い人ってのは居ない。

ぽっぷは幼く、夜起きられないから、
なかなか昇格の認定試験が受けられない。
シリーズが進んでも、ぽっぷだけ初期衣装のままとか、

ちゃんと小学校3年生からはじまって、一年ずつ進学していくとか、
はなちゃん最初は暴走するけど、だんだんと落ち着いて来たり、
それは全部子どもの本質であるとか、変なリアルさがあったり。

基本的に、子どもが、大人と一緒に見ても楽しめる内容になっています。

飛ばし飛ばしでも楽しく見れるような内容だが、
ずっと見続けていると、おそろしく世界観が深くなってくる。

また、その一話だけを見ても、しっかりと作品になっています。
また、それぞれの話に、子ども達に伝えたい、メッセージが込められています。
それって、特定の層だけに向けて、普通に作品を作るよりも、
ずっと難しい事だと思うんですね。

誰が見ても、ほとんど嫌悪感がないアニメってめずらしいよ?
誰がどこから見ても、いいアニメ。
とても安心できます。

そんな作品がみれて、本当に幸せだと思います。

4年間も、時間をかけて、どれみたちの成長物語を、描いてるんです。

 

●使い魔という存在

さて、私がドレミをみて一番感じた事。

普通な観点からの感想は他の人に任せましょう。

私が見て、感じて、考えたのは、
使い魔の在り方です。

この作品の世界では、魔女、および魔女見習いになることで、
使い魔である妖精をもつ事が出来るようになるみたい。

おジャ魔女少しでも見たことある人なら、覚えあると思うのですが、
例えば、登場人物である、
マジョリカには、ララという使い魔が居るようです

dodo (1)
どれみには、ドドという使い魔。

dodo (2)
はづきちゃんには、レレ。
あいこちゃんには、ミミ。

 

ドドほんまかわいいっすね!
この子たちは、
主人である、どれみやマジョリカと一緒に生活し、
相談相手になったり、主人の為に行動して、尽くすかんじ。

もちろん、ケンカだってする時はあると思うし、
主人の決定に文句を言ったりすることだってある。

しかし、これらの妖精たちは、
本質的には、主人の為を思い、主人の為に尽くし、
主人に対しては肯定というスタンスに見えた。

たとえば、マジョルカという、
マジョリカのライバル的な立場のキャラクタが登場するですけど、
マジョルカは、人道的にひどい様々な方法を用い、
どれみやマジョリカを脅かそうとするんですね。

そんな敵役な立場のマジョルカにも、ヘヘという使い魔が存在する。
ヘヘは、手段を選ばない主人に、小言をいいつつも、付き従ってる。

一般的には、悪者と呼ばれるマジョルカだけれど、
主人が悪者かそうでないかということは、ヘヘにとっては全く関係ないんですね。
主人の事を思い、好きだからこそ、最終的には、マジョルカに仕える。

マジョルカは悪人かもしれない。
そんな悪人を手助けするヘヘは、悪人か?
そうではない。
ただ、主人の事が好きな、本当の理解者なのだ。

 

わたしがおじゃまじょ一期を見終えて印象に残ったのは、
マジョリカの使い魔、ララの使い魔としての立ち回りと、関わり方だった。

意識してみないと、皆気にしてないと思うけどね。
マジョリカに対する、ララの接し方。

ここに、使い魔の理想の姿を、感じることがうちは出来た。

素直になれないマジョリカをきにかけ、
どれみ達との架け橋となる。

「こんなのはどう?」
「いいんじゃない、こういうのも素敵よ」
「ほんとうにこれでよかったの?」
「すなおじゃないんだから」

本当の意味で、マジョリカをよく理解し、適切な声かけ、
気持ちを落ち着かせて、心おだやかで居れるように、
主人を思い、接する。
本当に、良きパートナーというかんじ。

さらに注意して見てみると、
使い魔である妖精は、基本的に物理干渉はあんまりしない。
(もちろん、妖精がものを運んだり、偵察行動したり、お菓子を食べたりという描写はあるけれど…)

どんな事で主人に尽くしていくのかというと、
例えば、大事な決定をする際の相談相手であったり、
肩を押してくれる存在であったり。
自分の心との向き合いなように思えました。

物理的なものよりも、自分の心に干渉する。

わたしは、使い間とは、妖精とは、自分自身の心だと思う。
もう一人の自分というか。

これってけっこう普通の事で、
誰にでもあるし、皆けっこうやってると思うんですよ。

ただ単に、このアニメでは、使い魔の妖精として、
形になって登場してるのであって。

もう一人の自分の心を具現化したものが使い魔や妖精であるとすれば、
意識した瞬間から、現実に、誰にでも使い魔や妖精は存在します。